その64) 「教える」ということは とても深いもの なのです。

今年 最初のブログになります。

新年 あけまして おめでとうございます。 昨年は大変お世話になりました。ありがとうございました。

2013年が みなさんにとって素晴らしい一年となりますように。

今年もどうぞ よろしくお願いいたします。 (げんき)

 

 

お正月休みの間に ある園長先生から メールを頂きました。 

 

「保育自体もそうですが、保護者への対応を 各職員に どのように教えたらよいのか 

対応に苦慮しております。 何か アドバイスがありましたら よろしくお願いいたします。」 

 

とても 難しい そして 深い内容のご質問でした。 

 

 

 

 

「教えること」 

 

これは とても難しいものです。 

 

 

先生だけでなく、部下への指導や、家庭でのこどもたちへのしつけ も含めて 

 

とても深く 難しいテーマです。 

 

 

 

「教えることの難しさ」 

 

それは 「内容」 ではありません。 

 

人それぞれの「受け取り方が違うこと」 

 

ここに難しさが 存在するのです。 

 

 

「なにか」を教えること自体は 難しくはないのです。 

 

 

 

こどもたちが 何人かで テレビを観ています。 

 

アニメの番組に夢中になっています。 

 

 

しばらくすると CMになりました。 

 

CM中も アニメ番組と同じように 食い入るように観ています。 

 

でも 中には CMになった途端に おもちゃの方に行ったり、絵本を開いたり 

 

暴れだしたりする子もいます。 

 

またアニメが始まりました。 すると 先ほどと同じように みんな釘付けになっています。 

 

 

この子たちへの「教え方」 

 

勉強でも遊びでも なんでもかまいませんが 

 

果たして 同じ方法で 大丈夫でしょうか? 

 

いっぺんに教えることで 全員 同じように 受け取ってくれるでしょうか? 

 

 

答えは NO です。 

 

 

保育士の先生方のメンタルヘルス研修を実施させていただいた際に お伝えしたことがあります。 

 

 

先生方 みなさん 全員 もちろん 「こどもが大好き」です。 

 

ここは 同じです。 

 

資格を取得した際にも 学校や取得方法は別だとしても 同じ内容の勉強をして 

 

ある程度 同じ知識を持っています。 

 

ここも 同じです。 

 

 

研修会場の80人くらいの先生方は みなさん ほとんど同じです。 

 

ここで 一つ 質問です。 

 

 

「先生方の中で 私は 完璧主義ですと思う方はいらっしゃいますか?

 

もちろん 手はあげなくてもいいです。」

 

 

もし、完璧主義の先生が いらしゃったとしたら、 この先生と他の先生のストレスの度合いは

かなり違ってきます。

 

なぜなら 「こどもは 完璧ではない」からです。

 

こどもに「完璧」を求める事は まず不可能だからです。

 

 

ほんの少しの性格的な違いや考え方の違いによって 大きな受止め方の差は 生じるのです。

 

 

それは こどもであっても 大人であっても 同じこと なのです。

 

 

「教える」ときに 目を向けなければならないのは 

 

実は 教える内容や方法では ありません。

 

 

それは 「同じ受止め方は存在しないのだ」 ということを 

 

教える側が理解すること なのです。

 

 

同じことを 聞いても 見ても

 

同じ受止め方ではない のです。

 

 

 

だから 教えたあとに 自分の意図と  相手の受止め方が違ったとしても

 

それは 不思議なことでは ありません。

 

 

大切なのは 「教えた後」 です。

 

 

 

「教える」とは 種を植えただけ なのです。

 

その後に 水をあげたり、肥料をあげたり ゆっくり育てること

 

 

そうしてはじめて 「教育」になるのです。  (げんき)