その218) 「なぜ」よりも「なに」を大切にすることです。

 

保護者支援だけでなく、 こどもたちの支援

 

特に 小学生や中学生のこどもたちを支援する場合

 

支援者が よく感じることが あります。

 

 

 

 

それは

 

「なぜ?」です。

 

 

 

「なぜ あの子は あの場所に行くのだろう?」

 

「なぜ 夜になったら 出かけるのだろう?」

 

「なぜ  あの子は 仲間に入らずに 一人で遊ぶのだろう?」

 

 

 

そうした 「なぜ?」  です。

 

 

 

 

「なぜ?」の答え

 

 

それは 本人にしか 分かりません。

 

 

それは 本人に聞いて 答えを得るしか 方法はないのです。

 

あとは、 ただ「推測」するだけ なのです。

 

それは 決して 答えでは ありません。

 

 

「なぜ?」

 

それは、その「原因」を探すためのものです。

 

 

その「原因」は 想像すればするほど 色んなものが 出てきます。

 

いろんな「推測」が出てくることは 無駄ではありません。

 

 

しかし、色んな「推測」が出てくると 支援者は どう動いていいか迷ってしまい、

 

「動けなくなる」のです。

 

最終的に どのような支援をしていいか 分からなくなってしまうのです。

 

 

 

 

「支援」の第一歩

 

最初の一歩を踏み出すヒント

 

 

それは

 

「なぜ」ではなく 「なに」に目を向けること です。

 

 

 

「あの場所に行くと 何が得られるのだろう?」

 

「夜に出かけることで 何が得られるのだろう?」

 

「一人で 遊ぶと 何が得られるのだろう?」

 

 

 

「なぜ」ではなく 「なに」を 大切にするのです。

 

 

 

人は 基本的に 「不快」なものに 自ら近づくことは まず ありません。

 

 

そこには きっと「快」や「安心」が あるから 行くのです。

 

 

 

「そこから 得られる 安心感や 快って 何だろう?」

 

 

そうやって考えていくと その子の気持ちに近づいていきます。

 

 

 

「なぜ?」と考えると ポジティブなものも ネガティブなものも 

 

様々 想像してしまいますが、

 

「なに」からは 基本的には ポジティブな答えが中心に浮かんでくるはずです。

 

 

 

 

物事を推測するときに

 

 

ネガティブな発想から入るのか、ポジティブな発想から入るのか 

 

入り方によって 答えやそこに辿り着くスピードも 全く変わってくるのです。

 

 

 

どちらが 良い、悪いは ありませんが、

 

基本的には 僕は 「なにを」 から 想像することにしています。(げんき)

 

 

 

 

人は、自分の行動に理解を示されると、こころを開くものです。

そのためには、相手の行動をポジティブな視点から見つめることが大切です。(げんき)