その341) 「思いやり」とは 「相手に意識を向ける」ことではありません。



「相手を思いやる気持ち」



これは 他の人と暮らし、生きていく 私たちの世界では


なくてはならない、必要不可欠なものです。





相手の心情を考えて共感したり、相手のことを心配したり


とても大切なものです。



いつも いつでも こうした気持ちを持って生活することは 大切です。





でも、、、


人の気持ちというのは そんなに 簡単なものではありません。



相手に『思いやり』など 持てない時もあります。



相手に腹が立って、もう勝手にしたらいいと思うことも あります。


相手への嫉妬の気持ちから 相手の失敗にホッとしたりすることも あります。


相手の言動の一つ一つが理解できず、イライラすることも あります。




あって 当然です。



それが 「人の思い」 だからです。





でも 常に 「思いやり」を持つことは できます。



それは 相手にではなく、自分の思いに目を向けること です。



「思いやり」は、「想いやり」ではありません。




「相手のことを想う」のが 「思いやり」 ではなく


「自分のことを思う」のが 「思いやり」だからです。






「自分の言い方が少しきつかったのかもしれないなあ・・」


「自分が感情的になりすぎたのかもしれない」


「あんなに落ち込んでいるけれど 今の自分に何ができるだろうか」





自分のこころの内側に目を向けて


自分が 次からできること、 変えられることを 思い


それを 次から 相手に 心がけよう と思うこと。



それが 「思いやり」なのです。





「心配」は 相手の状況を想像して ただ立ち止まること。



「思いやり」は、すべて 自分からはじまる「次なる行動」なのです。






「思いやり」とは 「静」ではなく、  実は「動」なのです。 (げんき)





   この人は凄いと感じるのは、 「怒ったり、イライラしたりしない人」ではなく、

   「自分の思いに気づいて次から改善しようとする人」 です。

   『失敗』を「反省」だけでなく、「行動」に変えることができる人ほど 凄い人はいません。(げんき)