その420)親は、こどものためを想うから 一生懸命 質問するのです。



「元気先生、うちの園の保護者で、お一人、とにかく 細かく質問される方がいます。


確かに、子どものために 色々と調べたり、勉強されていますが、、、


とにかく 質問が多くて、少し、疲れてしまうのですが、、どうしたらいいですか」



保育者研修の終わりに、ご相談を頂きました。






『親が、こどものために学ぶ。』



こどもが病気になったら、その病気のことを徹底的に調べてみたり、


こどものために 食事や食べ物について 調べて探し回ってみたり、




『親が、こどものために学ぶこと。』

 


これは 本当の「学び」です。




そこには 「何のために学ぶのか」 という目的が明確にあるからです。

 




「どうしても なんとかしたい」


その想いが込められているのです。



目的をもって、理由をもって 学ぶこと。


それは 「本物の学び」 なのです。





質問があるということは 対象にたいして 想いをもっている証拠です。



興味のないものには 質問も思い浮かびません。









保護者が こどものために 色々な質問をされること。


僕も よく 経験します。


というよりも、ほぼ 毎日 質問されます。






そのとき 「なぜ 質問をされるのだろうか」


それを 必ず 自分に 問います。




そのときの答えは いつも 同じです。



「こどものためを想うから」 です。


だからこそ 「質問する」のです。




質問は、「愛情」なのです。







そして、もうひとつ 大切な 事実があります。



それは 「質問をしてくれるのは、あなたに愛情がある」ということです。




嫌な人に 質問はしないのです。


その人から学びたい、だからこそ 質問できるのです。





保護者からの質問が 「めんどうなもの」だと感じてしまうと


疲れてしまいます。





でも、それは すべて 愛情の表れだと思えば、


逆に、その質問する姿が 微笑ましく思え、こちらも一生懸命 聴きたくなります。


すると、 そこには「安心」が生まれるのです。






「質問」とは、答えを求めるているのではなく、


本当は、「安心」を求めているのです。






「質問」に 答えを出そうとすると疲れてしまいます。



「安心」をプレゼントするだけで いいのです。(げんき)


 




  明確な答えや、的確な答えをもらうよりも 想いをわかってくれて、微笑んでくれるほうが、いいのです。

  人は、みんな 答えよりも、「応え」をもらうほうが 嬉しいのです。(げんき)